飛天大学中国古典舞踊の講義

李洪志

北京舞踊学院自身も、身韻が戯曲の身段を取り入れ、舞踊の身法の要素が戯曲の舞踊と武術の身法を多く採用した、と認めています。実は、戯曲もその身法が武術に由来していると認めています。太古の昔、戯曲は中国の伝統武術の身法を取り入れていました。つまり、中国古典舞踊は昔から存在しているもので、北京舞踊学院が考案したものではありません。

北京舞踊学院も、「身韻」は戯曲の動作である「身段」を採り入れたものであり、基本の動作と姿勢である「身法」は、主に戯曲舞踊と武術から採用されたことを認めています。そして、戯曲もその「身法」が武術に由来していることを認めています。中国の伝統武術の「身法」は太古の昔、戯曲に採り入れられたものでした。つまり、中国古典舞踊は古来から存在しており、北京舞踊学院が作り出したものではありません。

それでは、なぜ北京舞踊学院が古典舞踊を新種の踊りとして作り出したと主張しているのでしょうか? 同学院は「戯曲舞踊」を「中国古典舞踊」に改称しただけでなく、中国古典舞踊の教育法も確立しました。「中国古典舞踊」という名前に改称したのは北京舞踊学院です。早期の頃は、中国の古典舞踊を「戯曲舞踊」とも呼んでおり、バレエの教育法を採り入れました。これだけでなく、中国古典舞踊を学校形式で教えました。従来は、中国では舞台芸術は伝統的な方法で伝授されていたのです。つまり、劇団の師匠が弟子を仕込むやり方でした。同時にたくさんの弟子を育てた人もおり、数十人の弟子が一つの劇団を形成した場合もありました。芸術学校の教育方式で「中国古典舞踊」を教えたのは北京舞踊学院が初めてだったかもしれません。後から入学した若い学生はこれらのことをよく理解できず、さらに邪な中国共産党が意図的に中国史を破壊したため、中国の本当の歴史の理解もありません。このため、彼らは「中国古典舞踊」が北京舞踊学院によって編み出された新種の踊りだと主張するようになりました。この主張自体が、中国史と中国数千年の伝統文化を軽率に扱うものです。


実は北京舞踊学院の設立と同時に、中国各省と中国全域の芸術団体もこの舞踊の教育法を採用し、公演を行なっていました。1940年代、1950年代に、現在の飛天芸術学院の郭校長は中南芸術劇院でこの様式で公演していました。北京舞踊学院の設立前の話です。つまり、北京舞踊学院が設立された頃、中国の多くの芸術団はすでに中国の古典的な戯曲舞踊の公演を行なっていました。

皆さんご存知のように、北京舞踊学院の古典舞踊の授業で使われていた用語は、全て戯曲から持ち込まれたものでした。舞踊の技法、基準、「身法」「身韻」で使われる用語などです。しかも、用語をそのまま使いました。「衝(身体を前方に斜めに傾ける)と靠(身体を後方に斜めに傾ける)」「含(胸に引き寄せる)と腆(押し出す)」「擰(ねじる)」「傾(かたむく)」「圓(円を描く)」「曲(曲線を描く)」や、三種類の円を描く動作である「平圓(水平に回る)」「立圓(縦に回る)「八時圓(八の時に回る)」、さらに「手(腕の動き)」「眼(眼の動き)」「身(型とポーズ)」「法(方法)」「歩(足の動き)」「亮相(ポーズを決める)」や、「精(精神)」「気(エネルギー)」「神(魂)」など実に多くの用語があります。舞踊の真髄である、右に行く前に左に行く、上にあがる前に下にさがる、後方に行く前にまず前方に行く、前方に行く前にまず後方に行くなどは全て、戯曲からそのまま採用したものです。つまり、これらの技法は北京舞踊学院が作ったものではなく、始めから中国古典舞踊の一部だったのです。北京舞踊学院が中国の「戯曲舞踊」を「中国古典舞踊」に改称したのち、各省の地方の芸術団から軍の芸術団、アマチュアからプロの芸術団、そして主要専門学校など中国全域で、自分たちの踊りを「中国古典舞踊」と呼ぶようになりました。ただし、京劇学校と劇場はこの動きには入っていません。

話を神韻(シェンユン)と飛天大学に移しましょう。神韻と飛天大学は中国古典舞踊を採用しているのではありませんか? 当初、神韻と飛天大学は、北京舞踊学院が古典舞踊を教える際に用いた「韻律(リズム、歩調、感覚)」を採用しました。北京舞踊学院は「身法」を教えるとき、特定の「韻律」を規範化しましたが、これらの要素は元来存在していたものです。神韻は同学院で教えられていた韻律を採用しただけです。私が言った意味が分かりますか? 神韻と飛天大学は北京舞踊学院の「韻律」を採用しただけです。

中国古典舞踊は各省によってそれぞれ異なります。北京舞踊学院の「韻律」を採用しない北京の大学もいくつかあり、公に否定する大学もあります。中国全域で北京舞踊学院の舞踊を用いて訓練もしくは演出する芸術団は一つもありません。それぞれが自分の中国古典舞踊こそ最も素晴らしいと思っているからです。奇怪なことに、北京舞踊学院の青年舞踊団は、いわゆる中国式の現代舞踊を取り混ぜ、中国古典舞踊を見る影もなく変えてしまいました。これは北京舞踊学院に対する最大の屈辱です。自らを尊重せずに、どうして他から尊重してもらえるのでしょうか? 漢・唐ものという作り物の古典舞踊として教えていますが、実は全て狐の動作で、妖気が強いのです。この中国舞踊の最高学府でこのようなことが起こっていることは、実に残念なことです。

飛天大学は設立当初、韻律を教えるにあたり、いくつかの舞踊のルーティーンを使う必要がありました。中国民族学院の舞踊の韻律や地方の舞踊団や省で用いられている韻律、戯曲の舞踊の韻律など、どれを使っても構いませんでした。しかし、当時の飛天芸術学院の教員のほとんどが、北京舞踊学院出身だったので、自ずと教員らにとって馴染みのある韻律を使うようになったわけです。この韻律自体は正しく神韻のニーズに見合うものだったので、北京舞踊学院の韻律が採用されました。

韻律について精神性・修煉の角度からみていきましょう。中国の文化は神が伝えたもので、神に見守られてきました。ですから、当初、北京舞踊学院が古典舞踊を科目として採用したとき、これは将来、神韻が必要とするものだとして、高次元の生命たちがこの舞踊の背後で力を貸したのです。神韻がこの舞踊を通じて人を救うことは、小さいことではありません。人類の文化は一回また一回と繰り返されています。歴史の幕開けより遥か昔に、神々が人類のために築いた文化と一致するものでなければなりません。ですから、神韻が使えるように、神々の加持による事前の準備が必要でした。この点から、北京舞踊学院で中国古典舞踊を教える基礎作りをした人々は、素晴らしいものを作りあげました。

神韻と飛天大学がここまで発展した現在、飛天大学と神韻芸術団の「身法」の基準は、北京舞踊学院のものとはかなり異なっています。古典舞踊の指導を通して神韻と飛天大学がやろうとしていることは、北京舞踊学院がやろうとしていることとは完全に違うものです。前者は伝統の道を歩み、この舞踊を最高境地、つまり神伝文化の真髄に引き上げようとしています。後者は社会が滑落するなかで、ファッションやトレンドを追おうとしており、伝統的で古典的なものを歪めています。さらに、中国式の現代舞踊、コンテンポラリーダンス、例の偽りの「漢・唐もの」を古典舞踊の履修課程とパフォーマンスに加えました。いわゆる「漢・唐もの」とその動作は、実は、狐に取り憑かれた者が生み出しました。彼らの利権が損なわれ、感情を刺激するので、耳障りな話でしょう。しかし、学んだ者は狐に取り憑かれてしまいます。人に害を与えるのを無視するわけにもいきません。この踊りは堂々と大学にまで入ってきました。悲しいことではありますが、時代の生み出した産物でしょう。

現在のところ、北京舞踊学院にしても、飛天大学・神韻にしても、中国古典舞踊の基本要素は同じです。ただし「身法」の基準が異なるのです。動き方が異なるのです。飛天大学・神韻が「身法」に四肢を伸ばすことを採り入れたので、その「韻律」も異なるようになりました。当初、飛天大学と神韻は北京舞踊学院の韻律を採用しましたが、神韻の現在の韻律は同学院の韻律とはもはや同じものではありません。徐々にかなりの開きが現れるようになりました。

ご存知のように、神韻は舞踊の「身法」において最高の基準に達しました。この「身法」の技術は中国古典舞踊だけでなく、あらゆる舞踊の形態、身体を使う舞台芸術で求められています。古来から人々が求めてきたものであり、このような舞踊の技について語った者はいますが、できる者は誰もいません。あらゆる舞踊の形態の頂点を意味し、「身帯手(シェン・ダイ・ショウ、体で手を動かす)」「胯帯腿(クア・ダイ・トゥイ、腰の動きに足が続く)」と呼ばれています。これらの技法の訓練により、四肢は他の舞踊形態ではできないほど伸びます。バレエや新体操の選手が、関心を寄せ、求めてきたものです。耳にしたことはあるけれど、教えられる者はおらず、本当に理解している者もいません。今はこの状況です。どのように応用するかも分かりません。しかし、ここにいる皆さんは、「身帯手(シェン・ダイ・ショウ、身体の動きに手が続く)」「胯帯腿(クア・ダイ・トゥイ、腰の動きに足が続く)」を把握しています。あなた方の師父により伝えられたものです。神韻、飛天大学、飛天芸術学院の教員と学生はこれらを修得し、実際に使っています。2007年と2017年に入学した学生が、最もよく修得しています。学生たちは、北京舞踊学院のものでなく、神韻の中国古典舞踊の訓練を受けるようになりました。つまり基本的に、神韻は独自の「韻律」を持つようになったのです。現在我々が使うものは、もはや北京舞踊学院のものとは同じではありません。同じルーティーンにしても、数日前、北京舞踊学院のルーティーンのビデオを見て、神韻の「身法」を用いてやってみましたが、全く違うものになりました。つまり、神韻は当初、同学院の韻律を利用しましたが、徐々に自己の道を切り開いてきたのです。四肢を伸ばす方法を用いて「韻律」は一変し、神韻独自の舞踊が確立しました。この点についてはっきりと理解する必要があります。

中国古典舞踊そのものが、「古典」であり、数千年来の素晴らしい文化の結晶です。北京舞踊学院自身も「古典舞踊」と呼んでおり、「古典」の二文字を切り離すことができないのです。なぜ「古典舞踊」と呼ぶのでしょうか? 現代の新種の舞踊は「古典舞踊」と呼べますか?これは矛盾ではありませんか? 同学院は現代的な教授法を作り出しただけでした。古典的なもの、基本的な要素はもともとあったものなのです。理解されましたか?

以前に皆さんに中国の神伝文化についてお話しました。中国は特殊な場所で、その文化は天上の神々がもたらし、あらゆる形で見守られています。全世界の全ての人は、どんな人種であれ、かつては中国の王朝に生まれていました。200年くらい中国に転生して、別のところに転生しました。五千年間、このように辿ってきたのです。はっきり申し上げますと、この文化は全世界の人々が一度は体験しているわけです。ですから、人種や国籍にかかわらず、神韻の伝統的な演目を見ると、中国古典舞踊を通して舞台でこの文化を観ることになるので、なんとなく懐かしさを覚えるのです。古来からの人類の普遍的な価値観、伝統文化から派生する思考・信念・習慣を目のあたりにすると、全てが理解できるのです。このような文化の体験が記憶のどこかに残っているからです。ですから神韻が舞台を通して衆生を救うとき、人々は何を観ているかを理解することができ、救われるのです。他のどの民族・国の文化を使っても、これほど大きな影響をもたらすことができず、理解してもらうことも難しいでしょう。

別の角度から言えば、中国古典舞踊の早期、先史時代に神々が人類に文化を伝えていた頃、伝承過程で舞踊が歪められることは分かっていました。ご存知のように、人間は「発展」を重んじます。新たなものを生み出し、他とは違うように、あるいは他より優れたように発展しようとします。このような考えはまさに伝統を変えるものです。いくら変えても、神から授かった元来のものに勝ることはありません。流行っているとか、斬新だとか、とても素晴らしい、興味深いと思われるかもしれませんが、内涵(ないかん)はありません。高次元生命が守ったり、永続させるものではありません。高次元生命が古典舞踊を伝えた当初、これらの問題を考慮し、古典舞踊を直接、完全な形で伝えませんでした。一部は宮廷、一部は民間、一部は戯曲で継承されました。そして、真の「身法」は武術を通して保存されました。

ご存知のように、歴史上、武術は厳格なものでした。昔は、武術は命がけで闘うもので、戦場で用いられていました。でたらめに使えば、殺されてしまう可能性があるため、元来の型を乱そうとするものはいませんでした。そのため、「身法」はそのままの形で保存されたのです。武術に用いられる型は数千年にわたり存在しており、「身法」は途切れることなく継承されてきました。しかし、近代になり、中国人を迫害し中国の伝統を破壊するために、中国共産党の邪霊が現れました。武術も伝統文化の一部であるとみなされ、破壊が試みられました。新武術というものを作らせ、中国の伝統武術を全て失わせました。深山で修煉する者が伝統武術を保持し、本質的な部分は保存されました。しかし、世界に伝わっている武術は、中国共産党に破壊されたものであり、新武術は伝統的な形態を完全に置き換えてしまいました。伝統武術は数千年にわたり、「身法」を事実上、保存してきました。

中華大文化圏のなかでの芸術は、互いに相容れて補足しあい、学びあっていました。例えば、多くの芸術形態は回転技法の毯子功(タンズゴン)を採り入れ、また多くは武術の「身法」を採用してきました。そうではありませんか? もう一つの大切な要素は、戯曲が継承してきた「身韻」です。内涵(ないかん)を表現しようとすると「身韻」の価値が明確になります。バレエのような分かりやすい芸術形態では、内面の表現は求められません。一方、中国古典舞踊では「身韻」は欠かせません。人物の情感を表現し、何でも想いのままに表現することが求められるからです。神韻の舞踊の演目で人物を描写する際に「身韻」はこのような作用をもたらします。「身韻」があるから人物を描写でき、「身韻」があるからストーリーを伝えることができ、「身韻」があるから舞踊の演目が人々を救えるのです。このような角度から見れば、神伝文化の価値と意義が理解できると思います。

神伝文化には一つの特徴があります。つまり、人類世界の陰陽の均衡を考慮する必要があるということです。一つの物事には同時に正と負の存在理由があります。武術はただ単に、武術だけを目的に存在することはできません。「武」も「舞」も中国語ではwuと発音します。同音異字です。同じwuでも様々に用いられます。高次元の生命は、一つの目的のために何かをすることはありません。この世に新しい物が現れたら、ほかの空間とつながりを持つようになります。高次元と低次元の空間での作用、縦の空間と横の空間での作用など、各空間での作用を考慮しなければなりません。新しいものが現れたら、全ての空間に正の作用をもたらし、他のものと融和できなければ、この世には存在できません。そうでなければ、この世には存在できず、認識されず、伝承されていくことがないのです。高い空間の生命に承認されなければならないからです。ですから、神が何かを伝えるとき、他のことに構わずに一つのことを伝授するのではありません。巨大な生命圏との関係がきちんと整理される必要があります。全く容易なことではありません。

芸術界の論争は、ときには興味深いものです。戯曲の人々は、北京舞踊学院にこう言います。「古典舞踊の一種を生み出したとどうして言えるのか? 全ては我々戯曲から来たものではないか?」。実際、古典舞踊、特に「身韻」は戯曲から来たものです。そして、武術の人々は戯曲の人々に対して「戯曲で使う舞踊は全て武術に由来している」と主張します。その通りです。ほとんどすべてが武術から来ています。戯曲の「身韻」さえも武術の「身法」を発展させたものです。全てにあてはまることです。遡れば最終的に武術にたどり着くのです。なぜwuが「武」と「舞」の音であることを最初にお話したのでしょうか? 根本を探り、行き着くところまで掘り出せば、一つのwuという言葉に二つの使用法があったことが分かります。一つは文化・芸術の意味で舞踊に使われました。もう一つは武術や軍の意味で、戦場で使われました。文化と武術―正と負です。これが人間の文化のあり方なのです。何かを伝授する時、人類の世界では、二つの側面がなければなりません。完全に良いものをもたらすことは不可能です。必ず悪い一面が伴わなければなりません。また、何か悪いものをもたらそうとしても、それもできません。良いものを伴う必要があります。人類の世界には、善悪の均衡、陰陽の均衡があります。ですからこのような現象となるのです。これが人類の文化です。

それではなぜ、邪悪な中国共産党に天も地も、皆が反対しているのでしょうか? 高次元の生命が認めておらず、良いものでなく、このような邪悪は神々が許すものではないからです。変異したもので、見下されている真の邪悪なのです。宇宙で存在する場はありません。末法の時期に人間の業力が多くなったため、現れたのです。どれほど悪くどれほど勢いがあるかは問題ではありません。高次元の生命が、業力の多い者の業力を消すために利用しているに過ぎません。その作用を果たしたら滅します。しかし、高次元の生命が人類の間で高次元の法を伝えているときは、この状況ではありません。高次元の生命は、人類の次元の理の制約は受けません。

師父の今日の話は簡潔ですが的確に説いたものです。このような由来です。皆さん分かったでしょうか?