中国の英雄5人
中国では五千年の歴史と伝説を通じて、誰もが知っている英雄は数えきれないほど存在する。 ここでは神韻公演で取り上げた五人の英雄について説明しよう。
1. 岳飛将軍 (忠)
中国文化の価値観は、一人一人の異なる英雄が伝説の中で、それぞれ異なる徳を体現するという形で伝えられてきた。岳飛将軍は「忠」の象徴だ。
12世紀、中国は北部から侵略されていた。若き岳飛は兵士となり国を守るか、家に残り年老いた母の世話をするかの選択に悩み、途方にくれた。
そんな岳飛の背中に、母親は入れ墨で「精忠報国」の四文字を背中に彫り込んだ。国に尽くすことが同時に母の願いでもあると分かった岳飛は、はやる心で戦に旅立つ。
優れた将軍となった岳飛は闘いに敗れることがなかった。わずか500人の兵で10万人の侵略者を撃退した。 常に自分の兵士と市民を深く思いやった。その「忠」の精神は不朽の名作『満江紅』 を通して語り継がれている。
2. ムーラン (孝)
『ムーラン』のディズニー版では、自分を発見するために旅に出た若い女の子が、自己を発見し、男性とも出逢う。流暢な英語を話す龍をペットにしている…
あたらずといえども遠からずと言えるだろう。実はムーランは 「孝」の象徴だ。古代の『木蘭詞』 に基づくストーリーは次の通り。
ムーランの父は、フン族の侵略から国を守るため徴集される。 出陣したら二度と戻ることはないだろうと、年老いた父を出陣させないために自分が男装して父の身代わりになった。12年にわたり、男装している秘密は明かされることなく、勇敢に多くの闘いを勝ち抜いていった。
戦後、ムーランに多くの栄誉と報償が与えられた。ムーランは全てを拒み、家に戻るために最も足の速い馬一頭を求めた。請いた。
そしてある日、兵士たちはムーランを訪ね、ムーランが女性であったことを初めて知るのだった。
3. 濟公和尚
破れた布をまとい、ぼろ靴を履き、みすぼらしい「魔法の扇」を振りかざす濟公。典型的な英雄のイメージからは程遠いかもしれない。事実、この愛すべき僧侶には典型的といえるものなど一切ない。
風変わりで枠にはまらない済公は、佛教の戒律を破り肉を食べ酒を飲む。しかし、心優しい濟公は神通力を使って助けが必要な人々を救済する。
濟公には多くの風変わりな英雄伝がある。2009年の神韻の演目では、濟公が結婚式に押し入り花嫁を奪う話が取り上げられている。全ての村人が彼を追いかけることとなる。濟公は、そうやって山崩れから村人を救ったのだった。
2012年の演目で濟公は「気違い坊主」としてカムバックしている。悪漢の一味に 捕まった乙女を救うのだ。そして乙女の服をまとって、悪者たちを驚かせ、雲にのって飛び去っていく。
4. 韓信 (忍)
死後2000年以上も経って、武勇伝でなく「忍」の象徴として自分の話が人々に語り継がれていることを知ったら、韓信は驚くことだろう。
秦朝の没落後、項羽と劉邦の主導権争いとなる。優れた将軍、韓信の助けで、劉邦は天帝となり壮麗な王朝を築いた。
韓信は孤児として生まれた。貧しいながらも賢明に勉学に励み、武道にも励んだ。帯刀することもしばしばだった。ある日、通りを歩いていると、肉屋の前で悪漢に呼び止められる。
「刀を身につけるとは、それほど強いのかね。人が殺せるかい?」と悪漢は韓信の前に立ちはだかり、蔑みの言葉をかける。見物客が取り巻き始める。「俺の頭を切り落としてみろ」と悪漢は首をのばす。「怖いのなら、だったら、俺の股下をくぐることで、ここは通してやろう」
韓信はこの男をみつめ、この出された条件を熟慮する。この男を殺すか公共の場で最悪の屈辱を受けるかだ。見物人は腹を抱えて、韓信を指差しながら大笑いしている。しかし、若き韓信は、この屈辱は栄光の道に進む前のほんのわずかな犠牲に過ぎないことを知っていた。
5. ム・グイイン統帥
この女傑は実在したのか定かではないが、「勇」の象徴として崇められている実在の家系に属している。
千年以上前、楊家は戦略に長け、武勇に恵まれることで知られていた。「無敵の楊」の名を聞くだけで、敵は身震いするほどだった。
4世代にわたり、楊家の兵士たちは中央の王国を守るために闘い死んでいった。しかし、宋の王朝が揺るぎ、楊家の最後の将軍が命を落とすこととなる。ム・グイインの夫だ。
女家長の余太君に勇気づけられ、ム・グイインは忠実な女性の従者と楊家の未亡人を伴い、天皇軍を率いて王朝を救う。以後、試練の際の勇気と強靭の象徴として讃えられている。
これらの五人はおなじみのヒーロだ。ほとんどの中国人は幼い頃からこの英雄伝を聞かされる。次に神韻の舞台で英雄伝を鑑賞するときの参考にして欲しい。
ヘレン・シア
ダンサー
2012年7月2日