道士の聖地 ― 武当山
「道は常に何事もなさないが、それでいて全てを成し遂げている」――老子
都会生活から離れ、一時的でもいいから人里離れた山にこもることを夢見たことはありませんか? 静寂を取り戻し、自然と一体になれるような場所へのあこがれはありませんか?
雲海にそびえ立つ中国の武当山(ぶとうさん)の峰々は、世界でも最も神秘的で美しい場所に挙げられます。古代から道家や太極拳の修行が行われてきた所でもあります。
武当山は、中国の湖北省の中央に連なり、古代の寺院が佇む道士の隠棲の地でした。
太極拳の祖師 張三豊
昔々、武当山の壮麗な山頂に向かう果てしない石段が、熱心な巡礼者で混み合う前、張三豊(ちょうさんぽう)と呼ばれる伝説の人物が棲んでいました。
張三豊師は12~13世紀の南宋の時代に生まれ、明の時代(1368~1644年)の中頃もまだ生きていました。少なくとも307歳まで生存したという複数の説があります。彼がこの世から消えた時期を知る者はいませんが、仙人の域に達したとされています。
『明史』によると、張三豊師は2メートル以上の崇高な姿勢で、道士の服装である道袍を一年中着用していました。俗世の富や所有物、世俗的な欲望を全て捨てて、隠遁者となります。しばらくあちらこちらをさまよい、最終的に武当山に落ち着きました。
「この山はいつか名山となる」と張三豊師は語っていました。
張三豊師は、少林拳や中国剣を用いた武術など、多くのものに熟練していました。
同時に内修の武術にも熟達し、ゆったりとした太極拳の祖師として最もよく知られています。
伝説によると、ある晩、張三豊師は、天界を司る玉皇大帝が夢に現れ、「道」の秘伝を授かります。目を覚ましてから、肉体的な強さでなく内面のエネルギーに基づく武術を生み出すことを思いつきます。攻撃性を克服し、柔が剛を凌ぐ武術です。
こうして太極拳が生まれました。
ある日、張三豊師は暴漢に襲われ、太極拳を試す時となりました。張三豊師にはどんなパンチもキックも届きませんでした。カンフー映画で、とらえどころのない動きをする師が活躍するシーンのように、あらゆる攻撃の動きがかわされてしまうので、暴漢たちも終いには疲れ切ってしまいます。そこで張三豊師はいとも簡単に、彼らを打ちのめしてしまいました。
皇帝に求められる
太極拳は、健康を改善する柔らかな武術の形態として知られていますが、実際は数世紀にわたって元の目的から外れてしまったのです。張三豊師は修行を意図して生み出しました。
「道を修める上で欠かせないことは、欲望や苛立ちを取り除くこと。これらの煩悩がある限り『定』には至れない。肥沃な土地にたとえると、雑草を取り除かなければ、穀物は生まれない」と張三豊師は語っています。
「欲望や思惟は心の雑草であり、除去しなければ『定』(集中力)と『智慧』は伸びない」
多くの皇帝が、国家や軍務に関して張三豊師の進言を求めましたが、師の居所を見つけることができませんでした。
明朝の三代目の皇帝・永楽帝は、幸運にも張三豊師から返答をもらいました。師は永楽帝が不老長寿を求めていることを知っていたので、不老長寿の秘訣は、俗世の欲を放下して平穏な気持ちを得ることにあると答えました。
永楽帝はこの進言に深く感謝し、武当山を皇室の山として、そこに9つの宮殿、72軒の寺院、36件の修道院を建てるよう命じました。『道』の教えを一般に広げるためでした。
このため、現在でも武当山の寺の構造には、15世紀の明朝建築の構造の残りが見受けられます。
武当山が名山となるという張三豊師の予言は現実となりました。
古代の賢人
2500年前、お釈迦様がインドで佛教を教えていたのとおおよそ同じ頃に、中国では老子と孔子が教えを説いていました。
『史記』には、孔子が老子に教えを請うた話があります。老子と会見した孔子は、深い感銘を受け、その後三日間、何も語らなかったそうです。(つまり、「子曰わく…」が3日間なかったのです)
そしてようやく口を開いた時、こう言いました。「鳥が飛び、魚が泳ぐことは知っている。しかし、風雲に乗じて天に昇る龍のように、老子がどうやって舞い上がるのかは分からない」
老子が西の門を通って中国を去ろうとした時、尹喜と呼ばれる門番に請われ、五千言の『道徳経』が残されました。老子が武当山を訪れた記録はありませんが、道の教えは武当山に伝えられました。
文化大革命に守り抜かれた武当山
中国の伝統文化の中核を成す道教は、毛沢東が率いる文化大革命(1966~1976年)で標的となりました。中国共産党の物質主義的な極左のイデオロギーにとって、宇宙のあり方や自然界の法則を説く『道』が存在する余地はありませんでした。
中国共産党は中国の人々に何世代にもわたり「天地に対して闘争する」(毛沢東)ように指導してきました。文化大革命の最中に、紅衛兵は、道士や女道士を殺害したり、無理に結婚させたり、強制労働所に送り込みました。天書を燃やし、国内全域の道観を焼き払いました。
中国共産党は、武当山の由緒ある道観の破壊にも着手しようとしました。
紅衛兵が武当山の正面の階段に着くと、100歳の女道士、李誠玉に出くわします。李誠玉は階段に座る前に糊で自分の口を塞ぎ、非暴力抵抗として数日間、休むことなく瞑想していました。
紅衛兵は李誠玉の動じない姿に驚き、手を出しませんでした。道観は破壊されることなく、中に居た道士たちも残されました。
心の平穏
「道」を求める方、平穏な静けさを求める方、壮麗な景観を求める方は、武当山を訪れることを是非、将来のリストに加えてください。
線香の煙が漂う、雲に包まれた道観の間をぬい、ひんやりとした山岳の風にたなびくカラフルな祈祷旗、息を呑む山岳の景観を背後に、ゆったりと流れるような太極拳の動き―精神性に深く刻み込まれる体験です。
神韻2020年の演目「道の導き」は、武当山を舞台としています。弟子たちを導く1人の道士の試練に際して、元兵士の僧が、不可能と思われる一歩を踏み出す物語です。