特集記事の紹介:プリンシパル・ダンサー、アンジェリア・ワン(王琛)
『テイスト・オブ・ライフ』誌は、エレガントなライフスタイルを紹介する英中のバイリンガルによる高級誌としてフランスとカナダで広く読まれています。東西の伝統に根付いた美しさと雅を共有することで、東西文化の架け橋となることを目的とする雑誌です。
『テイスト・オブ・ライフ』誌より一部を抜粋翻訳:「輝きを増すダイアモンド」
演劇を見ていると、現実と物語の境界線が消えてしまうことがある。夢物語の天女を思わせるようなダンサーを観ているとなおさらだ。威風のある自然な優雅さ、闊達でダイナミックな宙返りや回転。そして忘れられないものは、この世のものではないオーラ…この世に切実に求められているオーラだ。『嫦娥、月に奔る』を鑑賞したときの体験だ。嫦娥役を演じた神韻芸術団プリンシパル・ダンサー、アンジェリア・ワンに話を聞いた。
「嫦娥に成り切りました」とワンは、非の打ちどころのない演技について語った。嫦娥は、人々に最も敬われる古代中国の天人の1人だ。ワンが踊るとき、感情が「観客に感染するかのように」真っ直ぐに流れていく。
ワンがこの古代の神の役を演じる舞台に至るまでには、多くのハードルがあった。しかし、ワンに才能がなく努力が必要だったと言えば嘘になる。すっきりとした体型で、生まれながらの柔軟なアスレチックの動きと完璧への情熱を備えているからだ。これらの要素が、13才で中国を去ったワンを、世界でも最も親しまれる中国古典舞踊のダンサーの一人へと導いたのだ。
ニューヨークの飛天芸術学院は、多くの神韻ダンサーを養成している。そこでのワンは、毎日100回以上、宙返りの技術を練習した。
この努力が実り、神韻ツアーに参加した最初の6年で、国際舞踊大会で金メダルを三度受賞。世界での1000回近くの公演は、年齢以上に彼女を成熟させた。世界の舞台に急速に躍り出たにもかかわらず、謙虚な完璧主義が彼女をさらに前進させる。「十分にやっていないと常に感じています。落胆しているのではなく、まだ十分ではないということです」
中国古典舞踊は玉ねぎの皮を向いていく過程と似ている。ワンはより完璧なものを求めながら、最も大切なことは表面でなくその下の層であり、そこに一番の旨味があることに気がついた。
中国古典舞踊の中核となる特徴として「身韻」という概念がある。一つ一つの動き、回転、身体と心の表現はダンサーの精神から発するという考え方だ。車輪にたとえると、軸受けを中央に据え、その周りにスポークがある。手の動き、ひるがえるような中国古典舞踊ならではの幅広い特徴が、車輪の中央から伸び、回転していく。流れるように天上のインスピレーションを受けながら…
中国古典舞踊が他と異なる理由の1つでもある。「身韻」を偽ることはできない。ダンサー個人の誠実な自己の魂への模索から生み出される。「ダンサーが心を使わずに上辺だけの演技をしたら、観客も演技としてとらえ、ギクシャクとして戸惑うことでしょう」とワンは語る。
アクロバティックな宙返りや不可能と思われるような動きを、ワンは比較的容易にマスターしていったが、「身韻」の習得は実に緩慢なプロセスだった。練習だけでなく「精通していくこと」が求められた。
「役柄の事実背景を学び、性格を分析しましたが、演技は未熟でした」と、4年前に女傑、穆桂英(ぼくけいえい)を演じたときのことを語る。
神韻のダンサーは、「身韻」を高めるために自己の道徳性を修めるだけでなく、演目に登場する伝説的な人物を実に奥深く理解している。この面で、穆桂英が祖国を守る要素となった勇気、不屈の精神、正義感という微妙な体現がワンには欠けていたのだ。
ワンには何事も克服しようとする揺るぎない決意がある。内面の成長に伴い表現力も向上した。昨年のグローバルツアーでは、月の女神、嫦娥を演じる機会が与えられ、全身全霊で自己を投じた。
「伴奏となる音楽を何度も何度も耳にして、嫦娥の感情の変化を理解しました」と語るワンは、リハーサル全てを録音し、感情移入、動作、音楽が完全に融合するまで振付師と研究した。「嫦娥に成り切りました」
精神と肉体の絆を深めようとするワンの献身は、彼女自身を変革し、観客にも影響を与えた。
「今回の演技は全く異なるものでした。感情を移入し、観客に自然に伝える方法を学びました。心が少しでも反応すると、筋骨に微妙な変化が起こり、適確なメッセージが伝わるのです」
心と動きを自然に相互作用させることで、ダンスにもう一つの側面が生まれた。ワンにとって何よりも大切なものだ。
「これまで、リード・ダンサーとなったり、役を与えられることに、特に注意は払ってきませんでした。でも、今は、リード・ダンサーになるという希少な機会を大切に感じています。これからは、どんな役柄も、毎分、毎秒、完璧に演じるために最善を尽くします」
外から内へ
内に向けることでダンスを向上させて修めていくワンは、外にも注意を払っている。自己を成長させるための新たな刺激があるのだ。神韻ダンサーの次世代を育てていくことは「修得の過程であり、経験を豊かにさせてくれる」。
別の目から物事を見ることで、自分の「我」がとれていく。「ダンサーたちが問題を解決していく上で、個々のニーズに合わせて支えていく必要があるのです」とワン。自分の師からのアドバイスが今も心に響いている。
ティーンエージャーの時、「ダンスを習いたかったら、まず良い人になることから始め、それから他の人に影響を与えていきなさい」と忠言された。「この言葉は、プレッシャーではなく、自らを前進させる原動力になっています」
新たに見いだした伝承文化への熱意も、ワンのダンスを構成する要素の1つだ。舞台で演じる複雑な役柄をより深く洞察する助けとなっている。
「以前は、世界の遺跡をただ素通りしていました。今は前もって歴史を学び、レンガやタイルや建築構造など、あらゆるものに注意を払います。地元の味を求めて専門店で食事をします」
何世紀にもわたる中国の正統な継承文化を世界の人々と分かち合うために巡演している神韻は、心の痛む状況に置かれている。この美しい文化の発祥の地で公演が許されていないのだ。1960年代の文化大革命以来、共産党政権が中国の聖なる伝統と対立してきたからだ。
中国で神韻が公演できないことと、中国にいた頃、伝統文化を理解する機会を見逃してしまっていたことは、彼女の心に突き刺さっている。「私は古代の都市、西安に住んでいました。市のあらゆるところに由緒ある記念碑があり、珍しいものとは思っていませんでした」。有名な兵馬俑も秦の始皇帝陵も訪れていないことを遺憾に思っている。故郷の壮麗な文化を世界の観客と一緒に舞台で体験できることは、ワンにとっても観客にとっても貴重な宝だ。
「現代人は、喜びや不満など、感情を吐き出す方法を常に探しています。でも適切な方法が見つからず、極端に走ってしまいがちです。このため、社会でおかしなこと、悪いことがたくさん起こっています。自分の身体を使って表現できるダンスに感謝しています」
喜びと正統性に満ちたワンは、「伝説的な人物」に新たな意味を加えたようだ。「いつも踊れることを願っています。踊り続けられるだけ踊ります」と微笑みを浮かべて語ってくれた。