温暖なカリフォルニアに戻る神韻
クリーヴランドとバンクーバーでの 真冬の北米公演を経て、神韻巡回芸術団は、温暖なカリフォルニア州に移動。コスタ・メサ、サウザンド・オークス、ロサンゼルスで一週間にわたる公演が行われます。
21度という気候が神韻を暖かく受け入れるだけではありません。多くの公演のチケットが売り切れの状態で、コスタ・メサでは一週間前に追加公演が決まるほどの人気です。
神韻巡回芸術団は、アジア太平洋に移動する前に、1月26、27日にロサンゼルスのドロシー・チャンドラー・パビリオンでカリフォルニア・ツアー最後の4回公演を行います。
ロサンゼルス地域出身の団員が数名いるため、カリフォルニア南部に戻ることは特に嬉しいことです。故郷で公演することの意味を二人の団員に語ってもらいました。
振付師、プリンシパル・ダンサー
質問:神韻芸術団に入られる前にロサンゼルスで数年居住されていたのですね。何をしていたのですか?
任:様々なバックグラウンドの学生にダンスを教えていました。大学のコースも履修していました。かなり前のことですが、今も何人かの友人とつながっています。公演のために戻ってくるたびに、馴染み深い環境だなあと感じます。
質問: ここでやりたいことは?
任:かつて台湾料理店とベトナム料理店によく行きました。友人と一緒に特別な場所でリラックすることもありました。温泉とビーチがお気に入りです。
質問: 2013年のシーズンは始まったばかりですが、すでに30回舞台を踏んでいます。舞台ではどんなことを考えていますか?
任:現在はツアーのまっただ中で、ほとんどの役割はグループのダンスです。一丸となるために、いかに他のダンサーと協力・協調するかに集中しています。
質問: ロサンゼルスの観客から何を期待していますか?
任:ロサンゼルスの観客はいつもとても暖かく迎えてくれます。中国人、台湾人の観客は、共通の文化背景があるため、舞台の文化的な意味を系統的に理解してくれます。でも、文化的なバックグラウンドの異なる人々も同じで、よく、舞台のエネルギーを感じるという声を耳にします。
古典舞踊は単に動作だけでなく、ジェスチャー、一つ一つの動き、目のやり場に意味があるからだと思います。奥深い文化的な内函を備えた豊かな芸術です。ですから、本当に心から踊る必要があるのです。
そして、観客の皆さんが よく理解して楽しんでくださることを感じます。ロサンゼルスの人々が私たちを支えてくださることを本当に嬉しく思っています。神韻をまだご覧になっていない方々が鑑賞されることを願っています。
スティーヴン・ルイ奏者
質問:ロサンゼルス地区に戻られどんなお気持ちですか?
ルイ:懐かしさにあふれています。サウザンド・オークスのシビック・アーツ・プラザは、ボクの初めての交響楽団としての公演が行われた場所です。ここでは、他のグループと一緒に何回か演奏したこともあります。自分が初めて公演した場所に戻ってきたのです。
質問:ルイさんにとって、初めての神韻ツアーですよね。神韻交響楽団のどこに引きつけられたのですか?
ルイ:シカゴの学校で、神韻がバスーン奏者を探しているというチラシを見つけました。ほとんど何も知らなかったのですが、応募することにしました。おかしなもので、これまで思いつく中で最高の仕事となりました。
質問:ご両親の1人は中国人ですよね。神韻の奏者となるという決断を下す上で、影響はありましたか?
ルイ:特にはありませんでした。ある程度のアジアの伝統の中で育ちましたが、アメリカ生まれて常に自分はアメリカ人だという認識をもってきました。神韻に入ってから、あまり知らなかった自分の継承文化の全体像が開かれました。中国語の勉強を始めました。
質問:「これまで思いつく中で最高の仕事」とはどういう意味ですか?
ルイ:自分の仕事、生活で何を達成したいかということですね。達成したい物はたくさんありましたが、どのようにしたら良いのか分かりませんでした。学生の頃は、「卒業したら、一生懸命励んで、オーケストラの仕事を手にするぞ」と思っていました。しかし実際にオーケストラに入ったら、他の人を喜ばせたいと思っている自分の心が満足していないことに気づきました。実際、私の一番の抱負は、人々を幸せにすることなんです。カリフォルニアやシカゴでトップの交響楽団を数多く見てきましたが、「クラシックの生演奏を聴いて本当に幸せに思ったのはいつだろう?」と考えるようになりました。
神韻は表面的な物だけでなく、人々の心に触れます。公演の後、立ち上がって人々に手を振った時、これを実感します。表面の五感以上のものに触れる公演を人々が心から喜んでいることを目にします。観客の笑顔が自分を幸せにしてくれます。
質問:観客席にご家族が座られますか?
ルイ:家族がここにすんでいます。12歳の時に中国から移民した祖母。一度も中国に戻ったことはありませんが、料理から伝統を汲み取ることができます。祖父母が中華レストランを経営していたため、中華料理をたらふく食べながら育ちました。 60年、中国に戻っていない祖母の目が幸福感で満たされることを心から願っています。長年見ることのなかった自己の文化をようやく見ることができるのです。
2013年1月25日